« バリュー株優位(その3) | トップページ | ドルコスト平均法について »

2007年3月25日 (日)

パッシブ運用に対する非難

インデックス投資すなわち、パッシブ運用に対する非難に、「世の中のすべての人がパッシブ運用を行うようになると市場の効率性が落ちる」(主張1)、したがって、アクティブ運用のための企業価値算定、銘柄選択を行っているものは、世の中に市場の効率性という付加価値を提供するために欠くべからぬ存在であり、「パッシブ運用者は、このようなアクティブ運用者の努力、成果を横取りするフリーライダーである」(主張2)というような主張がまことしやかに述べられているようです。

これは、一種の詭弁だと思います。

まず、このような主張をするアクティブ運用者、アナリストといった人達は何も、世の中の市場の効率性を改善するといった高邁な目的のために自己犠牲を厭わず、自らの仕事を追及しているとはとうてい思えないのです。

考えても見てください。アクティブ運用者やアナリストは、

「我々は世の中の常識からかけ離れた低賃金でも、市場の効率性を維持改善するために、自己犠牲の精神で日々最大限の努力を行い続けている。だからファンドの顧客も、アクティブファンドに投資すれば、高確率でインデックスファンドよりも低リターンになるとしても、市場の効率性維持のためにその不利を受け入れ、アクティブファンドに投資し続けて欲しい。」

といっているわけでは決してありません。実情は全くの正反対で、

「我々のアクティブ運用や銘柄選択は、長期においては高確率でインデックスファンドに負けるほど、付加価値のあやしいものだけど、みんながパッシブ運用を指向したら、我々の食い扶持がなくなり、もはや高額給与を得ることは不可能になってしまうから、お客は利口に自らの最大利益を追求することなどせずアクティブファンドに投資し続け、法外な手数料を支払い続けて欲しい。」

というのが彼らの本音だと思います。

自分が市場のためになんら犠牲を払っていないのに、お客に市場のために犠牲を払えとは、なんと都合のよい主張でしょうか。

ここで、もう一度、彼らの主張をよく見て見ましょう。

まずは(主張1)ですが、もし、世の中のすべての人がパッシブ運用を行いはじめ、市場の効率性が落ちたとすると、このような主張者にとってまさに絶好のシチュエーションが到来するのではないでしょうか。このような市場の非効率性を利用し、破格の儲けを生み出して、破格の待遇や破格の利益を享受すればよいだけのはずです。まさか、自分たちは聖職者で、市場の非効率性の指摘は行っても、それを利用して個人的利益を最大化することはしないとでもいうつもりなのでしょうか。日頃、ベンチマークに勝つアクティブαを求め、レポートの精度の高さとその先見の明を主張し、高給与を追及しているのに?

このような主張は、「市場の効率性が落ちても、自分はアクティブαを生み出す能力はないので、そこでより儲けることはできない。だから世の中がパッシブに向かわないようにして今までどおりの規模の高手数料をもらい続けるのが一番だ。」というふうに言っているようなものなのです。

次に(主張2)を見て見ましょう。パッシブ運用者が、アクティブ運用者の市場の効率性維持のための努力、成果を横取りするフリーライダーであるとの非難ですが、もしアクティブ運用者が市場の非効率性維持のために貢献できているならば、それはすなわちその非効率性の修正の過程において市場から直接的に見返りが得られているはずです。それはあたかも市場のゆがみから利益を得る、裁定取引業者やヘッジファンドのように。アクティブ運用者はそのアクティブ運用能力により直接的に市場から見返りを得るべきで、それができないアクティブ運用者にはもともと市場価値がないはずです。

パッシブ運用者はアクティブ運用者になんら不利益を与えない存在です。それどころか、アクティブ運用者にとって、無知にもインデックス全銘柄に無作為に投資するパッシブ運用者はメシの種であるはずです。パッシブ運用者はアクティブ運用者がその能動的な銘柄選択により、もはや買う価値のなくなった銘柄を拾ってくれ、とても価値のあるお宝銘柄を不用意に売ってくれる大切な売買相手のはずなのですから。

それにも関わらず、パッシブ運用者をフリーライダーと非難するのは、実はアクティブ運用者自身が、自身のアクティブ運用に付加価値を感じていないことの裏返しではないかと思います。すなわち、アクティブαを生成できていれば、インデックス運用はいわば彼らにとってそのアクティブαを生み出すための良いお客様であるはずで、逆に、アクティブαどころかアクティブマイナスαになっている現実があるからこそ、その負けている相手のパッシブ運用を目の敵にするわけです。

実際、きちんとした文献を当れば、実は、新興国市場等の非効率な市場においても、アクティブ運用は非常にお粗末な成果しか出せていないことがわかります。つまり、「(少なくとも)非効率な市場においては、アクティブ運用の価値は存在する」というアクティブ運用側の主張自体が、根拠のない主張である可能性が高いのです。このような実際の統計結果から、「アクティブ運用が市場に付加価値を提供しており、パッシブ運用はそれにフリーライドしている」という主張の怪しさを感じていただけると思います。そして、「パッシブ運用が蔓延すると市場の効率性が損なわれるので、アクティブ運用がパッシブ運用よりもパフォーマンスが良くなる」というまことしやかな主張の怪しさも、このような実例を知ることによって判明します。

まとめますと、パッシブ運用を行う人がどれだけ多かろうと少なかろうと、アクティブ運用で付加価値を生み出せる人は、市場から直接、その能力に応じた見返りが得られるはずです。だから、パッシブ運用者をフリーライダー呼ばわりする必要もさらさらなく、かえってよいお客様であるはずなのです。実際は、アクティブ運用で付加価値を生み出せずパッシブ運用に負け続けている多くのアクティブ運用者は、付加価値を生み出してもいないのに、パッシブ運用者にその付加価値を横取りされていると主張しています。

なんとナンセンスな主張でしょうか。

市場には見えざる手があり、市場の効率性を維持するために誰にも何の自己犠牲を強いることなどなく、完全に自己の利益のためにアクティブ運用を行う人間が必ず出現します。なので、市場関係者はパッシブ運用による市場の効率性喪失の心配をする必要などさらさらないものと思います。自由市場が勝手に調整して到達するアクティブ運用とパッシブ運用の均衡点に任せればよいのであって、アクティブαを生み出せない運用者が、詭弁を用いて市場をアクティブ運用に引き戻そうとするなど、ナンセンス極まりないものだと考えます。

|

« バリュー株優位(その3) | トップページ | ドルコスト平均法について »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/202973/14403166

この記事へのトラックバック一覧です: パッシブ運用に対する非難:

« バリュー株優位(その3) | トップページ | ドルコスト平均法について »