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2007年5月31日 (木)

日本国債

題名は忘れてしまいましたが、昔読んだ本の中に、「国債は次世代への税金に等しい」という主旨のことが書いてありました。至極最もな話ではあります。本日はこのテーマで思うことを書いて見ようと思います。

例えば、今日、国が1億円の国債を発行し、国民のAさんがこの国債を購入したとします。これで1億円の札束が、Aさんから国に渡ります。

その後、国は国を維持するための費用にこの1億円を費消します。例えば、中央官僚への給与支払いや議員に支払うお金等に費消します。

1年後、国債の利子支払いの時期がやってきました。(めんどうなので、利子は年1度の支払いとします。)ちょうどAさんが所得税100万円を納入してくれたので、そのお金をそのままAさんに国債の利子として支払います。

毎年そのようなことを繰り返し、Aさんの支払う税金がそのままAさんに返されます。そうこうしているうちに国債の満期がやってきました。この年、ちょうどAさんが亡くなって、国に相続税が1億円入ってきましたので、その1億円を、国債の所有者であるAさんの遺族にそのまま渡しました。

あれ、この例では、国債の利子と元本の支払いは、全てAさんとその遺族にかかる税金で賄われていますね。そして、国は最初に手にいれた1億円は自分で使ってしまっています。

この例で言えるのは、国は国債を発行して借金をしているのではなく、実際は、国が将来の税金徴収額を前倒しで手に入れてすぐに費消するために、国債というツールを使っているだけだということです。

これが、「国債は次世代への税金に等しい」という言葉の本質だと思います。

なぜ、こんな話を急にはじめたかと言えば、最近、「国債は買ってはいけない!」という本を読んで、冒頭の理屈を久しぶりに思い出したからです。

この本でも、本質的に同種の理屈が展開されているように思えます。

上記の理屈が正しいとすれば、国債は、実は国民にとって資産ではないかもしれないことがわかります。国債発行により、国民の資産として国債の額面が計上されますが、国民にとっては同時に将来の元本と利子相当の追加の税金支払いが新たに必要になりますので、その将来税金追加支払額の現在価値である国債の額面金額が国民の新たな負債として計上されることになるからです。

なんと!驚きの結果です。

もちろん、ミクロの一人一人にとって、国債を買ったら、その特定の個人に対して国債相当分の将来税金徴収があるわけではないので、ミクロの一人一人にとって、国債は資産計上できる資産であることは明白です。

しかしながら、国民全体で見れば、国債の資産計上額と国債発行に伴う将来税金追加支払い必要額現価が論理的に概ね等価になるだろうこともおそらく明白です。

この論理を延長しますと、できるだけ国債をたくさん持って、他の国民の将来税金徴収金額の還元を受けるのが、論理的に最も合理的な態度となるように思うのですが、どうもこの結論もなんだかしっくりきません。

論理的には、至極正しいように思えるのですが。

論理の迷宮に迷い込んだ気分です。

もし、これまでの論理が正しかったとして、我々はいかに振舞うべきなのでしょうか?

ありったけの個人資産を投入して国債を買いつけることとすれば、個人というミクロベースでは、他人の将来税金で国債の将来利息と元本が支払われるので、リターンは高くなるかもしれません。それでも、自分自身の所得税や消費税といった税金支払いがある限り、ネットのリターンは極小、あるいはマイナスになってしまうかもしれません。

我々は、マイナスサムのゲームのマイナス幅を最小にするしか道はないのでしょうか。しかも、日本国債を集中買いすれば、日本国のデフォルトリスク満載のリスク集中資産ポートフォリオになってしまいます。

やはり、国際分散した株式投資等のリスク資産の保有により、日本国の将来の酷税に勝てるほどのリターンを得るのが、良策のようです。

ということで、いかにも手前味噌の結論になってしまいましたが、上の論理は本当に正しかったのだろうか・・・

眠れなくなりそうなので、とりあえず忘れておくことにしましょうか。

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