小口投資家の頻繁な取引
本日のの日経新聞の夕刊のマーケット総合2の十字路に、表題の内容でコラムが書かれていました。
山口大学の経済学部の教授の方が書かれたコラムで、いわゆる頻繁な取引のデメリットを示すものです。
以下、引用です。
『インターネット金融取引の普及により、われわれは情報量に関してプロの投資家と対等に近い立場に立つことができた。(中略)運用成績は取引コスト低下の恩恵を受けて向上するはずである。しかし、現実はそうではない。原因のひとつが頻繁な取引にある。
心理学の研究によれば、人は成功を自分の能力に、失敗を他人や周りの環境のせいにする傾向にあるという。単に長期上昇相場の結果だとしても、成功が継続すると「自分の行動が結果として成功につながった」と考える。投資家は自分自身の能力を過大に評価するようになる。この過大評価と取引の容易さが、頻繁な取引をもたらす。(中略)
しかし、これまで行われた実証結果によれば、平均すると、単純な買い持ち戦略と比較して、取引頻度が高いほど投資収益が低下するという。ある株を売却して割安と考えて別の株を買うよりも、そのまま所有していたほうが投資収益は高い。頻繁な取引はリスクをとっているわりに、思ったほど金融資産を増やすことができない恐れがある。』
(引用終わり)
まことに示唆に富み、また耳の痛いコラムでもあります。
私も、今でこそ、長期国際分散投資を指向し、ある証券口座では、一度たりとも売り注文を発注したこともないほど、長期投資を徹底していますが、そういった投資方針にたどりつくまで、まことに長い年月を要し、無駄に時間を費やしてしまっています。後悔することしきりですが、失った時は決して取り戻せません。なぜ、こういったマネーリテラシーというかインベストメントインテリジェンスに関することを、学生に教えないのだろうかという、憤りにも似たような気持ちにもなります。まさに一生の教訓となるはずです。
日本は間違いなく、これからも強烈な少子高齢化が進み、主に投資収益で生きる国になっていくように思います。こういった世の中の大きな流れに逆らって、「額に汗しない利益は、良くない利益だ。」といったような、一面的な金銭倫理に縛られていて良いものでしょうか。はっきりいって、自分自身の首を絞めているように思えてなりません。
日本円は、いま、直近1年で、世界最弱の通貨なのだそうです。(73位。Nikkei Netの時説往来の五十嵐氏のコメントを見れる方はご参照ください。)USドルを除く世界通貨に対する直近6~7年の一貫した円安傾向を見ると、これが短期的で偶然の事象とはとても思えません。すなわち、1500兆円という巨額の日本の個人金融資産は、世界的に見て相対的に価値を失い続けていることが疑われます。長期の国際分散投資は、日本の国と個人を救うためには、これから必須の投資行動になってくるのではと、個人的には考えます。
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コメント
>「額に汗しない利益は、良くない利益だ。」といったような、一面的な金銭倫理
まさにこれこそ、日本株低迷の原因であり、「失われた15年」の真因だと思いますね。
投稿: dell | 2007年7月13日 (金) 20時38分