書籍・雑誌

2008年1月 1日 (火)

亜玖夢博士の経済入門

直接、このブログの主旨と関係があるわけでは必ずしもないのでご紹介しようかどうか迷ったのですが、個人的に非常に面白い本だと思いましたので、取り上げることしました。

橘玲氏の新作です。

氏は、小説の分野ではマネーロンダリング系の小説をいくつか書かれており、私はそれもたぶん全部読んだと思いますが、今回の本はそれらの以前の本ほど堅苦しくない、どちらかというとおもしろおかしいキャラで物語が構成されていて、かつ一つ一つの短編にそれぞれひとつの経済理論が割り当てられており、楽しく経済理論に触れることができる内容の小説になっています。

私はどちらかというと、おもしろおかしい短編小説として楽しんでしまいました。昔読んだ筒井康隆氏の小説をふと思い出してしまう場面もありました。

読み方によっては、経済理論の入門書としても、深遠なる哲学の世界の入り口を覗ける本でもあるかもしれません。コールドリーディングという、占いなどに利用されることもある心理トリック、詐欺手口の中にも使われるテクニックにもあっと言う間に明るくなってしまうかもしれません。

フィナンシャルフリーダムのためのヒントはたぶんありませんが、おもしろくて個人的にお勧めです。

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2007年5月 9日 (水)

日本経済のリスク・プレミアム(その2)

先日の「日本経済のリスク・プレミアム」という本の感想の続きです。

この本は、日本市場に関して実証統計分析を交えて様々な点について述べており、この本を読んでいると様々なテーマで物事を考えさせられます。

この本は、為替についても一章設けて、分析考察を行っています。

あまりにネタばれになってもいけませんので、この部分についてもさわりだけ、題名とサブタイトルから明らかにわかるような内容に限定してご紹介しようと思います。

大きなポイントは、円ドル相場の適正水準を分析を通じて探っており、また、理論的に為替リスクテイクにはリワードとしてのプラスのリターン期待値がないこと(これは純粋理論としては当たり前といえば当たり前ですが)について述べています。

円ドル相場の適正水準については、特に相対的購買力平価を用いて分析を行い、適正水準について議論しています。その結果は、私のイメージ(円高、円安の観点です)とまるで正反対であって、ちょっと驚きでした。分析結果がどちらに振れているのか、興味ある方はぜひこの本を買って読んで見てください。特に資産運用にご興味のある方は、この章に限らず、考えさせられるテーマが満載だと思います。

ここからは本の感想ではなく、上記に類するテーマに関する私見ですが、為替はほんとに難しいです。いつまでたってもそのしくみを理解できたと思えません。それでも、今わかっている明らかなことは、沈み行く国の通貨をもっていても良いことはなさそうということです。

この意味では、為替リスクテイクにプラスのリターン期待値はないという上の理屈と一見矛盾しそうですが、上の理屈は国の通貨にデフォルトリスクはないと仮定した理想的な理論世界の話であって、実際はこのリスクの存在だけでも通貨が割安になったり割高になったりするはずです。

純粋な通貨ではないですが、どこかで各国の国債のグラフを見たことがあり、ドイツ国債が世界大戦直後に無価値になっているのを見てある種の恐ろしさを感じました。グラフの棒が、まさに床に突き刺さっていました。

まあ、これはある種異常な、世界大戦の敗戦国といった状況での出来事で、現代の平和な時代には通常、非常に起こりにくいことではありますが、国債にしろ通貨にしろ、その可能性が微小ながら確実にあることは忘れてはならないと思います。(たしかアルゼンチンは実際にデフォルトしましたし、確か2度したのではなかったでしょうか。(記憶があいまいです。)またLTCMは国のデフォルトの可能性を踏まえなかったために破綻しました。)

また、実際のマーケットは、その恐れが増えたとか減ったとかだけで、市場のセンチメントを梃子にして行き過ぎるものだと考えており、為替の振れはそのような市場のセンチメントによってより大きな振幅を描くのだろうと思います。

ただし私は日本が確実に沈み行く国だとも考えていません。個人的にそのリスクも多少はあると考えていると言うことであって、そのための防衛的な通貨分散投資が有効だと思っています。

ここでも、前にも何度も書きました、何がリスクか?という問いかけが有効です。為替リスクを取りたくないから全て円預金で資産を保有していたら、日本国が斜陽化して円通貨の購買力は地に落ちてしまいましたということが仮にあれば、この人はリスクを回避していたのでしょうか?それともリスクテイクしていたのでしょうか?答えは明らかです。日本国の信用リスクに一点買いのリスクテイクをしていたとも考えられるわけです。

実はこの世にリスクの無いポジションはなく、誰もが何らかのリスクテイクしつづける以外に方法は無い。そしてその状況で有効なのは、リスクを避けることではなくて、リスクをマネージしていくこと。決して一点買いのリスクテイクをせず、賢く分散すること。可能な限り有利でリスクに対してリワード(見返り)の良いリスクを選んで取っていくこと。個人的にはこのようなリスクとリターンに関する世界観を持って行動しています。

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2007年5月 6日 (日)

日本経済のリスク・プレミアム

GWの真っ最中ですが、やっとやっつけるべき仕事もだいたいひと段落し、ずっと積みあがっている本を読み始めています。

それで表題の本を読んだのですが、非常に興味深い内容が数多くあり、様々な学びの得られる良い本だと思いましたので、ご紹介したいと思います。

この本の中で、行動ファイナンスの先駆研究者の研究を紹介しており、それによると、想定運用期間が短い投資家ほど近視眼的な損失回避の傾向が見られること、それにより、そのような短期的投資行動を取る投資家ほど、投資資産に大きなリスクプレミアムを要求しがちであるという研究成果が書かれていました。

すなわち、測定方法にもよりますが、例えばアメリカで株式が安全資産に対し6%もの超過リターンがもたらされるのは、その投資家の多くが短期投資家であって、より多くのリスクプレミアムを要求するからという主張でした。

どのように測定するのか本書からだけでは不明ですが、実際のデータからもこの短期投資家ほど大きなリスクプレミアムを要求する現象が確認できるとのことで、その測定結果もグラフ等で示されていました。

6%のリスクプレミアム水準はちょうど1年保有の投資家のリスクプレミアム水準と同程度のようです。これを踏まえると、我々長期投資家の安全資産超過リターンは、圧倒的多くの1年程度の短期投資家のリスク回避性向によってもたらされていると考えて良いのかもしれません。

我々は世の主流派である短期投資家の方々に感謝すべきなのかもしれませんね。

この話で、もう1つ面白いポイントがあり、それは著書の中でエージェンシー問題と呼んでいる問題です。世の機関投資家の運用者は本来の受益者に雇われた代理人であって、3年から5年程度の短期間で判断され、結果が悪いとクビになりかねないため、運用目的からしたら本来なら長期投資ができてリスクが取れるのにもかかわらず、短期指向、リスク回避指向が強くなり、必要以上に債券その他の安全資産の比率が増えてしまう傾向にあるとのことです。これに限らず、代理人が介することにより本来の目的から外れていってしまうことを総称して、エージェンシー問題と呼ぶそうです。以前、これに類する話を当ブログでもちょっと書きましたね。

ここからは個人的意見ですが、こういったことを踏まえると、機関投資家の作るポートフォリオをそのまま無批判に真似ることにもちょっと問題がありそうです。

個人であれば、例えば、勤め人としての給与のうちの貯蓄可能部分が将来にわたって日本円のキャッシュインフローとして見込めること、現状の日本円金利では日本債券資産からのリターンは無視できるほど小さいこと等から、資産運用ポートフォリオ中に日本債券資産を持たないという判断も十分あり得るものと思います。

そもそも、伝統的な日本債券ファンドは通常、その殆どが日本国債で占められており、唯一存在する金利リスクによる変動は、超低金利の現在においては、資産下落の方向にしかほとんどその時価変動の動きが期待できません。すなわち、現状の日本債券にはポートフォリオのボラティリティを下げる役目しか期待できず、他資産の下落と日本債券資産の上昇による相殺といった分散効果を期待することは非常に難しい状況です。

このような状況では、ポートフォリオ構築の際にも、現状ではリターンがとてつもなく低く他資産との相殺効果も小さい日本債券を入れずに、ポートフォリオのボラティリティを下げる方策もやはり考えてみるべきでしょう。そういった意味で、証券会社のバランスファンドの設計なんかもなんだか芸が無いように見えます。

もともと唯一の正解の無い世界の話です。重要なのは、長期投資を指向しながら、一時的な急落で怖くなって安全資産に逃げ込んだりといった結果にならないよう、長期継続可能な水準にまでポートフォリオのリスクの水準を下げること、そのために分散投資のポートフォリオ設計を指向することだと思います。

このプロセスの中に、機関投資家の短期指向がゆえの偏向を混入させる必要はないものと思います。ポートフォリオ設計の際にも、個人ゆえの利点を最大限に生かすことができるはずです。

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2007年5月 3日 (木)

娘に贈る12の言葉

ジム・ロジャースの「人生と投資で成功するために-娘に贈る12の言葉」という本を読みました。

稀代の投資家と呼ぶべきか、投機家と呼ぶべきか、定義は難しいですが、あのジョージ・ソロスと一緒にクォンタムファンド(ヘッジファンド)を運営し、破格のリターンを生み出したヘッジファンドの世界の伝説の1人です。この筆者が、遅くに授かった幼い娘に向けて、投資と人生をダブらせながらその貴重なエッセンスを語ります。

まず最初に、授かった幼い子に対する愛情に溢れている本です。私も子供を授かったときの気持ちを思い出しました。

次に、稀代の投資家らしく、重要な投資の本質を端的に表現している本です。私も読んで見て、やはり耳が痛い部分がありました。(他人の情報を鵜呑みにすることなく、自分自身で納得できるまで調べること等、これが重要だとわかっていてもなかなか徹底することは難しいものです。)

3番目に、娘に向けて、そして読者である投資家に向けて、自分が得たもの(お金等ではなく考え方)を分け与えたいという気持ちに溢れています。私も、ジム・ロジャースの知見と英知に比べると、足元にも及ばないとてつもなくレベルの低いものではあっても、「もし投資を始めたときに、今腑に落ちているものがはじめから自分にあれば、こんな回り道はしなかったのに。また後に続く人にはこんな回り道をして欲しくない。」といった気持ちは押さえようも無く沸いてきますので、筆者の上のような思いはこの本を読んでいてもひしひしと感じ、共感します。

でも、おそらく私を含め、ほとんどすべての人は貴重な英知を自分のものにするには、様々な回り道と多大な時間のロスが必要で、それが自分の腹に落とすための必要経費なのではないかと思います。それが知っていることと、わかることの違いだと思います。これはおそらく投資に限らず、人生全てに言えることではないかという気がします。たぶん、その多大なロスや回り道自体が、実際は人生の大きな醍醐味なのでしょう。

この筆者は、投資での回り道はたぶんほとんどなさそうですが、さんざん時間をかけて年を取ってはじめて、いままで否定していた子を持つ意味と価値を腹に落としたことが、この本を読むとはっきりわかります。

そんなことを考えさせてくれる本でした。投資の本で心を揺さぶられることはそうそうありません。まちがいなく二重丸で、お勧めだと思います。

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2007年4月27日 (金)

物語で読み解くファイナンス入門(その2)

今回は前回紹介しました本の続きです。

標題の本の中で、もうひとつ興味を引いたのがワイン投資に関する記述です。

面白いことにワインも投資対象として十分な意味をもつとのことで、その要因としては、ワインは年数が経るごとにおいしくなり価値が上がること、また年数を経るごとに飲んでしまって消失するものが多く希少価値が上がっていくことといった要因があり、適切に管理保有しているとプラスの投資リターンが期待できる投資対象であるとのことでした。

また、過去平均すると株式に比べてリターンは低いが、特定の年度の特定のワインに投資すると、株式のリターンを上回る結果が得られたこと、すなわちワインの目利きができて何年、何十年に一度の価値あるポイントを押さえられる実力のある人にとっては、株式市場よりも大きなリターンを得ることができる可能性のある市場だとのことです。

これを読んで、ああこれは、不動産や絵画等と株式の関係と一緒だなと思いました。これらの投資対象も目利きの実力者にとっては株式よりもずっと大きなリターンを得られる可能性に満ちているけれども、平均的には、これら市場のリターンは株式市場から得られるリターンに大きく劣ってしまうのが長い資本主義市場における過去の結果だと思います。

これに関連して不思議なのは、過去の資本主義市場の長い歴史の中で、不動産は株式資産に比べて明らかにパフォーマンスは低かったのに、なぜ不動産投資が好まれ、また不動産で実際に財をなす人が多いのかという疑問です。

現時点においては、この疑問は私の中で以下のように整理されています。

まず、不動産投資の場合は、銀行等がお金を貸してくれて非常に高レバレッジの投資が可能なこと。いかに高配当の株式銘柄に投資し、堅い確率で借金返済可能な見込みが立ったとしても、なかなか銀行は株式投資のためにお金は貸してくれません。貸してくれるのは、信用取引でとてつもない高利を要求する証券会社だけです。この違いが、早くお金持ちになりたい人にとっては、高レバレッジポジションを持てる不動産投資の方が有利との結論に結びつく大きな理由となっているのではと考えます。

また、株式と違って毎日取引市場で値がついていないので、不動産は時価の変動が認識されにくく、保有時の恐怖感を感じにくいというポイントも結構大きいのではと思います。もし結構高配当な株式銘柄を信用取引で購入している状態と、毎月家賃が入ってくる不動産投資を借金して高レバレッジで行っている状態を想定すれば、それらの基礎条件が同じであれば、理屈上ほとんど同じような投資を行っていることになると思われます。でも前者は恐ろしいナンセンスな投資で、後者は常識的な普通の投資になってしまうのはなぜでしょうか?どちらも、1銘柄に集中して投資しており、自己資金の何倍、何十倍のポジションを持っており、その借金して購入した投資ポジションのリターンから借金返済する目論見であることには全く変わりありません。

もし、不動産取引市場がとっても流動性が高く、毎日寄り付き価格がわかって不動産投資の資産マイナス負債の価格が毎日算出できたとしたら、かえって恐怖心が増すのではないでしょうか。例えば、「今日の下落で自己資金分が全部吹っ飛んで、債務超過になってしまった!」とか。高レバレッジ投資なのですから、市場が下落すればこのようなことはしょっちゅう起こりえます。このような事態を眼前に突きつけられることがないというのが、実際に取っているポジションとその集中度がもたらす本質的リスクが認識されにくい理由なのではないでしょうか。

個人的には、不動産投資がもたらす集中リスク、例えば地震や欠陥住宅等で上モノが使い物にならなくなるリスク、例えば会社や学校移転といった予測不能な空き室リスクといったリスクをとって、何倍何十倍のレバレッジ投資をしたいとは思わないので、原資産として最もリターン期待値の高い株式投資にフォーカスしています。

人生は一度きりです。高レバレッジはうまくいけば破格の成功を実現する強力なエンジンになりますが、逆に働くと再起不能な状態へと導く負の強大な力にも成り得ます。そのポジションに賭けて加速成功を目指すも人生、それを避けて確度の非常に高いフィナンシャルフリーダムを目指すもまた人生、選ぶのは一人一人の個人の考え方次第だと思います。

ただ、後者の方がより一般的で多くの方の採り得るフィナンシャルフリーダムの達成の仕方だと思っています。

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2007年4月25日 (水)

物語で読み解くファイナンス入門

最近、標題の本を読みました。

私がこのタイプの本を読む目的はズバリ「自分のスタンスと丸反対の本を読んで自己を省みる」目的です。すなわち、バリュー株投資等で超過リターンを狙う立場でいるので、全く反対の立場である「市場は効率的であるので、そのような行為は無意味である」という立場の学者の本をあえて読んで見て、自己の行為とスタンスを客観視するという目的で、上記のような本をたまに読むようにしています。

しかしながら、今回は失敗だったようです。

この本にはイギリスの経済学者であるケインズの話があって、彼が資産運用者としてもとても優れていて、彼が運用責任者を務めたケンブリッジ大学の基幹ファンドの1927年から19年間のリターンは年率で約13%、対し同期間の英国株指数は▲0.11%と、彼の運用は破格の超過リターンをはじき出していることが記述されています。(世界恐慌のイベントを含む運用期間であったことにも着目してください。)個人としても、彼の死亡時の資産額は1990年の通貨価値で50~60億円だったことが、同著中で述べられています。

明らかにこれは、バフェットと同じバリュー株投資の結果である可能性が非常に高いなあと思いながら読み進めると、案の定、彼がタイミング投資や思惑に基づく投資等の様々な運用の失敗の後にたどりついた運用スタイルの境地が書かれてあり、その内容はここでは省略しますが(興味ある方は上記の本をお読みください)、紛うことなきバリュー株投資のスタンスでした。

ということで、今回の読書は私の当初の目的からは失敗でしたが、まあ収穫があったということにして良しとしましょう。(過去、何かの書籍で既に読んだ内容かもしれませんが)

興味があれば、読んで見てください。

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2007年3月16日 (金)

複雑系と株式市場

最近、「投資の科学-あなたが知らないマーケットの不思議な振る舞い」という本を読みました。

本屋で最初で見かけてから、不思議と気になりながら買う気は起こらず、最近になって買った本です。そして購入してからもなかなか読もうという気にならなかったのに、電車で読み始めるとあっという間に読んでしまいました。

私は、年に100冊くらいは優に本を読む人間ですが、このようなパターンの本は珍しいです。普通は、買ったらあっという間に読みきってしまうか、積読で決して読みきることはないという2パターンに分かれてしまうことが多いのです。

内容についても、いろんな意味で刺激を受ける本でした。

この本に書かれていたことのうち、本日ご紹介しようと思うのが、株式市場は複雑系として捕らえるべきものであり、いつも明確な原因と結果というわかりやすい関係で市場が動いていると考えるべきではないという主張です。

これは、まさに的を得た主張であり、しかも今非常にタイムリーな話題でもあると思います。

例えば、日銀が金利を上げたら、円安に動いたこと。

例えば、国外の投資家がほとんど関与することのできない中国上海株式市場という閉じた市場での下落がなぜか世界の市場に波及したこと。

昔から、理外の理、材料出尽くしといった様々な言葉で表現された、市場のつかみどころの無さについて、この本は複雑系がもたらす非再現性や非論理性とでも呼ぶべき現象として説明しています。

また、人間は明らかな原因と結果の関係を欲しがるので、例えば市場が暴落した場合、何がその原因となったのか解明しようとするが、それは往々にしてわからないことが多いといいます。しかしながら、株式市場を1つの複雑系として考えると、あるきっかけがあっても、あるときはそれが暴落につながり、またあるときは何も起こらないといったことが起こりうる、それが複雑系の特質であると主張します。

これは、市場と長年接してきた方々であれば、まさに「うん、うん。」とうなずきたくなる内容だと思います。市場と長年対峙していれば、正に不可思議としか思えない市場の反応を何度も経験し、「AだからB。だからC。」といった論理的なアプローチで相場の将来を予測することの不確かさをいやというほど思い知っています。

このような意味で、経験上把握していることが「ああ、こういうことだったんだ。」といった形ですっと腑に落ちる、そんなきっかけを与えてくれる本でした。

マーケットの不思議を感じたら、開いてみるとよい本だと思います。

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